喧騒のバラナシの宿の平和はこの爺さんによって保たれているといってよかった
彼の背後にあるカギ付きの棚はなんとトイレットペーパーがまつられている
なぜなら夜も彼は玄関前のソファでブランケットにくるまって寝泊まりしながら門番するからだ
見知らぬ何者かが立ち入ろうとするならば、たちまち彼のするどい目で追い払うことが出来るだろう
そんな彼が突然デスクの中から大切そうに袋から取り出した
「これを、みておくれ」
それは彼のパスポートだった
深いシワが刻まれたその指でBRITISHの文字を指す
それはイギリスの…植民地時代のものだろうか
驚くウチの顔を見つめる彼の2つの目が微笑んだ
イギリス系インド人かもしれないし、その逆かも、それ以外かもしれないけれど
彼がうちらに伝えたかったことはそんなことじゃない、と思った
おそらく彼の歩んできた道はウチの想像を絶する
でも、ここバラナシに骨を埋めるつもりでいるのだろう
生きている土俵も話す言葉も全然違うけれど、同じ地球にいて確かに同じ時間をお互い『共有』したのだった