南半球、山の朝。たくさんの不思議な色が覚醒する
パタゴニアのツァンパスープは袋の中身を鍋に入れ、お湯を加えただけで出来る
栄養たっぷりでニュージーランドのトレッキングにぴったりだった
出発の準備を済ませると、小屋裏の重厚そうな木の扉をノックする
PATが出て、レインウェア姿のうちらを確認するとペンを手にとり
「今日は風が強すぎる、不安なら無理しないことだ」と、深いシワが刻まれた険しい顔で、雲の垂れ込めた空を見つめた
実は気象情報のボードに風の強さが「110kph」と書いてあり「風速◯m」といった表記じゃないことにうちらは戸惑った
(あとで知ったけれど 100kph=風速27.8m/h に変換するらしい)
単位が違うとイメージがつかない こうなったら実際に自分の足で少し歩いてみて「大丈夫そうだ」と、歩を進めることにしたのだった
LUXMORE HUTとテアナウ湖
気持ちよく歩くのも、つかの間、降り出した雨が強くなってきた
Forest Burn Shelter(フォレスト バーン シェルター)
ドアをあけると、下半身パンツ1枚で震えている女性とこれまた濡れた服を着た男性が立っていた
レインウエアを持ってこなかったらしく、びしょ濡れのズボンを気休めに乾かしていたのだった
夏とはいえ、冷たい風雨に濡れてしまったら、体温を簡単に奪ってしまう
幸い、別のカップルが「このインナータイツを使って」と手渡し、そのカップルはそれを履いて、来た道をまた引き返してしまった
ケプラートラックは標高1200m前後と高くはなく、歩きやすいルートでもあるから、色々な人が来るのだろう
晴れていれば、歩き通せるはずが気象条件が厳しくなると「装備」がその運命を分けてしまう
日本から持ってきてよかった、と国産モンベルのレインコートをそっと撫でたくなったのだった
シェルターサイドにある絶景のトイレ だが風が強く、ドアを開けるのも精一杯だ
ようやく雨があがってきて、空が明るくなってきた
そして、見上げるはずの虹は下の方に出てきて、うちらを歓迎してくれた
ここから、さえぎるものが何もない稜線歩きが続く
ひとつのピークをすぎると進む方向が少し変わるから、風の向きも変わっていく
突然、イタズラ好きの風がザックカバーの中に潜り込み、体が宙に浮きそうなパラシュート状態に…
ヤバイっ! カバーはすぐサイドポケットの中にしまい込んだ
昨夜、隣のテーブルにいた陽気なオーストラリア3人組がきたと思ったら、彼らもまた風に飛ばされそうになって、這って歩き始めた 特に小柄なアライグマ君(よく手を消毒してたので勝手に名付けちゃった)が、決死の表情で岩をつかんで、肩で息をしているのがわかる…
”そんな大げさな…” いやいや、うちらも風にあおられて、態勢を崩しそうになり、慌てて近くの岩にしがみつくのに必死だった
風がおさまると急いで進み、吹き始めたら這う、という繰り返しでなかなか前に進めなかった
ホント「風よ、とまれ」と目をつむって祈りたくなるぐらいで『修行僧』というよりは『カタツムリ』になったような気分だった
ようやく岩陰にまわりこんだときは、直立歩行できる「無風」のありがたみをヒシヒシと感じるのだった
すっかりノドはカラカラだ
2番目のシェルター ハンギングバレー・シェルター / Hanging Valley Shelter
非常時のためのショベル等が常備されている
右側の尾根に草の生えないグレーの地形がみえる そのあたりが、風と格闘した場所だ
「植物」や「引力」さえも吹き飛ばしてしまう『風の通り道』なのかもしれない
稜線歩きは終盤、高度を下げていくと少しずつ、植物が増えていく
一気に下っていくので、靴ひもを丁寧に結び直す
風の恐怖から解放してくれた森を抱きしめる
ひと筋の水滴は川になっていく
ようやくIris Burn Hut(アイリスバーン・ハット)へ
森の開かれた平地にあり、近くにはキャンプ場も完備している
右側の女性がレンジャーのROSE(ローズ)
彼女はカタコトの日本語の挨拶をしてくれ、ニッコリしてるので色々な人から話しかけられていた
奥にみえるのはレンジャーのプライベート小屋
この小屋は草原が一望できるウッドデッキがあり、屋根がついているので雨が降っていても大丈夫
持参したチーズを頬張り、デッキに寝転がると、森の中にポッカリ開けた白い空がみえた
まぶたを閉じると、宙に浮かびそうになった「風」がどうしても頭から離れられない
強烈に「生きている!」ということを感じて、手にしたニュージーランドビールをゴクリと飲み干した
続く