バラナシの長い夜の果て
白み始めた世界の中でうちらはコンコンと眠り続けた
何者かに押される気配を感じて目覚めると、知らない男が寝台下段で寝ていたウチの足元に座りこもうとする
体全体を使って押し出して反撃すると指定席なのであっさり引き下がった
ぼんやり窓の外を眺める
昨夜の出来事が頭の片隅にありながらも、今どこにいるんだろうと低い天井をみていた
じきに浸ってるヒマもなくなった
なぜなら停車するたびに通路はひっきりなしに人が往来
大きなヤカンを持ったチャイ屋がきてはチャイを頼み、寝台は即席カフェになる
他にも合鍵屋、おもちゃ屋、靴底直しなどなど
移動式屋台は見世物小屋のように飽きない商いかもしれない
アラレと玉ねぎをライムでシェイクしたもの ビールのおつまみにしたい位
通路の旅人は売り子だけじゃなかった
踊って紙幣をせびるヒジュラがくるのだ
ヒジュラとはドレスをきたキレイな歌姫のオネエさん
そして床を自前のホウキで掃いてチップを要求する少年はたいてい足がなかった
だから這いながら進むとズボンがモップになってしまい、床はホントにキレイになった
バクシーシを要求する健脚な人が来ても寝たフリをする乗客たちもこの這う少年にはチップを入れていた
突然、赤い制服をきた車掌がきて、うちら異国人のオーダーをとりにきた
興味があるので頼んだらこんな感じのが出てきた
通路の相場の10倍する値段なのに、あまり美味しくはなかった
で、仲良くなった隣人がそのお皿のゴミは『窓の外に捨てろ!』という
ちらっと窓をみると牛がいた
車窓の外に、投げたら思ったより遠くに飛んでなぜか罪悪感は日本にはない”快感”に変わった
牛や虫が食べてくれる、と言い聞かせた、というよりは縮んで閉じこもった気持ちが
カレー皿が宙に舞った瞬間、解き放された気がしたんだ
反対車線に列車が…ナンバーをみると笑いがこみあげた
昨夜乗るはずの『12332』だったのだ まだ目的地にすら辿り着いてない
何回か往復すれば正常なダイヤに滑りこんでいくのかもしれない
愉快な3家族のパパ達はうちらの手話が珍しくて見つめてた
最後の方には話す内容がわかってきて時々、話に割り込んできたのが面白かった
ようやく到着したハウラー駅
たくさんの人がひとつの川のように出口に向かって歩いていく
うちらもその流れに混じりつつ、妙な一体感をもって進んでいった
旅は終わった